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左から『一屋』の旧店舗、真ん中が永尾米店、右が新店舗で昔は履き物屋だった
初っぱなから寄り道すると、「きんつば」という和菓子は江戸時代に生まれた。漢字で書くと「金鍔」。刀の鍔のような形をした和菓子という意味合い。同じく「銀鍔」という和菓子もあったとのこと。「鍔に似ている」くらいだから形は楕円形ということになる。でもボクが1960年代はじめに『一屋』で生まれて初めて食べた「金つば」は上から見ると真四角、横から見ると長方形だった。「金つば」が真四角になったのは確か明治か江戸の後期。餡を練り、丸く作り、小麦粉の溶いたものをくるめて焼くという本来の形よりも、大きな型枠に葛などを入れた練り餡を流し込み、四角く切ってか6方を焼く方が大量生産できるということで現在の「金つば」の形になったという。関東では今でも丸く平べったい蒸し「金つば」が残っている。
話をやっとこさ『一屋(かずや)』にもどすとする。さて、ボクが物心ついた頃、1960年前後に『一屋』は開店したはずだ。確か店主の平井さんは猿飼か端山の人。町史の昭和39年(1964年)の街並み地図にはしっかり『一屋』が記載されている。
子供心に『一屋』の店先は夢のような空間だった。入って右手にガラスケースがある。そのケースの上には市販のチョコレートやガム。奥には「お嫁さんの菓子」や砂糖(花や魚を形作っている)があったと記憶する。1960年代というのは新しい銘柄のチョコレートやガムがどんどん誕生した時代。ロッテの「ラミー」、不二屋の「ルック」、「チョコボール」に「プリッツ」。ロッテのペパーミントガムや懐かしい「渡辺のジュースの素」というのもある。特に「渡辺のジュースの素」は『一屋』で買ったのが最初だったはず。
そのガラスケースの向こうに、当時まだ若くてきれいな女将さんいた。いつもは奥にいるオジサン(平井一彦さん)も優しい人であったなー。祖母とまんじゅう(和菓子)を買いに行く。当然、ひとりに一つずつなので、そのひとときが真剣そのもの。ちなみに当時のボクの夢というか願望が「『一屋』のまんじゅうを腹一杯食べる」ことだった。
「吹雪き」「金つば」、柿の形をしたもの、茶色いまんじゅう、白いまんじゅう。ボクがいちばん好きなのが何と言っても「金つば」であり、次に好きなのが柿の形をしたものだった。春には道明寺の桜餅があって、東京に出る前は「桜餅」=「道明寺」だった。また柏餅というのは『一屋』ではサルトリイバラの葉のもの。これなど貞光町全体が「柏餅」はサルトリイバラで作るものだったから気にもかけなかった。
そう言えば「鹿子」という真ん中が漉し餡、回りが粒あんを葛などで丸くしたものもあり、こればっかり買っていた時期もあった。まんじゅう以外では夏場の「わらび餅」も懐かしい。透明なビニールに入っていて黄粉の小袋が1つつく。この黄粉の袋をなんとか余分にもらいたいな、と思っていた。
今回の帰郷で、それこそ何十年か振りに『一屋』でまんじゅうを買った。店舗は昔の場所ではなく、永尾米店の南側。子供の頃には真鍋履物店のあった場所に移転していた。この真鍋履物店にはボクより2歳年少の男の子がいたはずだ。永尾米店は子供の頃から米屋というよりも、デッカイ仕舞た屋風。重厚感のある近寄りがたい家だった。
久しぶりの『一屋』、店にはいると、若い女将さん。これは2代目の奥さんであるようだ。そして奥から懐かしいオバサンが出てきてくれた。やっぱり奥では今まだ現役のオジサンが和菓子を作っているという。
懐かしい顔に出会えて、子供の頃に立ち戻ってしまいそうだ。そしてガラスケースに探したのが、真四角の「金つば」。それがこの日品切れであった。『一屋』の店先に立ったときから、心の中で「金つば、金つば」と称えていたので、落胆は大きい。仕方なくボクは吹雪き、まんじゅう好きの太郎は栗まんじゅうと白いまんじゅう。
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この吹雪とまんじゅうを町歩きの最中に、また飯田屋に入って、うどんが来る間に食べたが「やっぱりうまい」。しかしなんとしても悔しいのが『一屋』の「金つば」を食べられなかったことだ。父も老齢だし、また近い内に貞光に帰ってくるだろう。そのときこそ太郎と「金つば」を5つも6つも食ってやる。
店の隅を見ていると子供の頃「嫁さん菓子」と言っていたと記憶する。平べったい砂糖味の菓子があった。これも懐かしいな。記憶が正しいとすると結婚式などに使われたものだろうか?
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この菓子は懐かしい。「嫁はん菓子」「嫁さん菓子」と言っていたが正式名がわからない
話は1970年代半ばに移る。この当時、『一屋』で買っていたのがコカコーラの1リットル瓶である。これも懐かしい。これを買い込んで、同級生とボクの部屋に集まっては騒いでいた。今は島根県で水産高校の教師をしているカンイチ、ヒゲ、鶴野、美馬町(現美馬市)の藤本勝紀。何をやっていたかというと、当時のヒット曲「あなた」のレコードをかける。それに合わせて銘々が歌うのだ。その歌声を録音して聞くという遊びである。レコードに合わせて歌っていると、なぜだか歌がとてもうまく歌えている気がする。でもそれを改めて5インチのテープレコードで聞き直すと、恐るべきヘタクソ振りなのだ。このバカ騒ぎを勉強しながら寂しく聞いていたのが隣の阿佐のテッチャンである。まあテッチャンは東京理科大、ボクは一浪して中央大学という差はここに生まれたんですな。
一屋(かずや) 徳島県美馬郡つるぎ町貞光字町9

