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帰郷した日は梅雨、しかも台風4号直撃ということで小川(こがわ 貞光川)は増水していた。「水が出た」といっても昔のことを考えると微々たるもの。潜水橋の脚の5分の一ほどの水かさで、もともと土砂がたまった状態のため川としては通常の状態になったといったものだった。
画像の橋が潜水橋。貞光では「長橋(ながばし)」と言う。洪水のときにはこの橋の道路面まで水が上がり、それこそ橋が沈みそうになったこともある。
そうだ、その昔、小川は水量豊かなきれいな流れであった。そんな流れの淵に住んでいるのが“どんがん”だ。
ボクはまだ“どんがん”には合った(会った?)ことがない。また写真、絵なども見たことがなく、いかなる生物なのか見当もつかない。
“どんがん”が言葉だけで登場するのはお盆と川が増水したときだ。
川が氾濫すると、災害などを心配するとともに、町の魚取りたちは勇立つ。大きな網を肩に担いで、流れのところどころにある湾のような水のゆるむ場所、谷の流れこみをすくっていく。すると普段はなかなかすくえないアユやウグイ、ウナギなどがごっそりとれるのだ。ボクも子供ながらにこれをやってみたくて仕方がない。それにすくっているところを見ているだけでもワクワクする。
大雨が来て、そろそろ川が泥濁りになっているだろうとゾウリを履いて飛び出していく。
それを見ている祖母が必ず言うせりふが
「こんな大水のときに川にいったら“どんがん”にとられるぞ」
というものだった。
またお盆のときにも
「地獄の釜があいとる。“どんがん”もおるんでよ。尻食われるきん、川にいったらいかん」
なんて言われたものだ。
この言葉だけの未知の生物“どんがん”、今でも元気だろうか? 誰も小川がこれほど荒廃するとは思っていなかっただろう。いまでも淵として残っているところはあるのだろうか? 例えば「奥がん」とか「下がん」とか。
そう言えば、この淵の名前にも「がん」がつく。この「がん」が「丸」だとしたら、水底が丸くえぐれて深くなったところ、淵となる。また「どん」が副詞的な言葉だとしたら「どんと深くなった淵(がん)」ともとれる。このあたり徳島の民俗学者に問いたい気がする。
大人になって“どんがん”は河童かも知れないと思うようになった。河童とは中国の河伯などが我が国に伝来して土地土地で変化したもの。ある一定のイメージがある。でも“どんがん”にはそんなものがいっさいないのだ。今では“どんがん”は河童とはまったく違った生物だと思っている。
また“どんがん”が「山で子供をさらうおとろしい妖怪」であると香川「みとよの方言」にある。とすると貞光固有の言葉ではないということだ。
「みとよの方言」
http://www.netwave.or.jp/~fujimaru/uttkari/mitoyo-db/hougen2.htm
子供の頃、川で死ぬ子供は少なくなかった。夏休み明けには「●●君が変電所のところで心臓麻痺で死にました」とか「大川で流された」とか、「長橋の上でカミナリに打たれて死んだ」、とか聞かされたものだ。思い出すのは小学校で夏になる前に一本松の淵で水泳訓練のようなことをやる。確か三年のときに同級生が岩から飛び込んで浮いてこなかった。この子の名前を忘れてしまったが、田岡の食堂から浦山に上る坂の途中の長屋のような建物に住んでいた。小柄な子だった。この子も“どんがん”にさらわれたのだろうか。

